バイロピテ日誌
2001.5.20
3ヶ月ぶりのディリに入った。街の様子はあまり変わっていないが、少し道路がよくなった。わがIVYの現地駐在、山西宏明さんも元気そうだ。全然病気しないでこの3ヶ月間、過ごしている。タフな人だ。
バイロピテにつく。様子は相変わらずだが、清掃担当のセルジオがいない。給与をもらったら酒飲み過ぎて、出てこなくなり、解雇されたのだ。寂しいが、南の島ではそんな風に「給料もらったら2,3日は飲みつづける・・・」と言うのもありなんではないだろうか。家族も困らず(他に収入があるので)、自分も食べていければ(誰かが
必ず面倒を見てくれるので)、いいじゃないか・・・と思う。しかし病院が汚れていくのはいけないために、仕方ないところだった。
さて、ダンは今日の夕方にアメリカへ向けて出発だ。
長男の結婚式で1ヶ月間、このバイロピテを離れる。その間、3人の医師が交代で、この主のいないバイロピテ診療所を守るのだ。なんとも恐ろしい。早速午後からは、準備も整わないまま診察が始まった。思いのほかテトゥン語を忘れていない。次から次へとテトゥン語がでてくる。不思議だ。必要に迫られて覚えたものは、こうして身になっていくのか・・・それから見ると、学校で勉強した英語のなんと残らないことか・・・。やはり英語は、生きた「生活」として身につけるのが一番なのかもしれない。
さて、午後になると、やはり多いのが子どもたちと、駆け込みの重症患者さんたちである。相変わらずマラリアは多い。しかも、ファルシパルムと言う、比較的重いタイプのマラリアが増えている。これは要注意。診断を誤らず、クロロキンにファンシダールを混ぜて投与するとよくなる。この日だけで、3人のファルシパルムタイプを診察した。気をつけねば・・・
あっという間に6時を過ぎた。今日は土曜日だったからこの程度だろう。それでも100人は診ただろか・・・。
恐怖は来週月曜日と夜間の難産である。
それにおびえながら、あと1週間、診療は続く。
マラリアを疑う子ども・・・・暑い診察室 |