NPO法人 地球のステージ
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更新: 2005年8月26日
 
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アブホーリ検問所:「地獄の辺土」 

アブホーリ検問所で何時間も待たされるガザの人々

 

朝10時頃にガザ市行きの乗合タクシーに乗り込む。タクシーが満席になるまで30分ほど待って出発、

11時前に検問所近辺に着く。前には何百台もの車が1ヶ所に向かって押し寄せている状態で、エンジンを切って待っている。乗客がみんな一斉にため息をつくのが聞える。太陽がどんどん高く昇っていく中、私のタクシーの運転手もどれか1台の後ろにくっついてエンジンを切る。

ガザ南部とガザ中部の間にあるアブホーリ検問所。毎日、大制のパレスチナ人がこの検問所を通過しなければならない。学校や職場へ行き来する人たちが大半を占めるけど、他にも反対区域に住んでいる親戚に会いに行く人、専門的な治療を受けるために医療設備がより豊富なガザ市に行かなければならない人、野菜や他の商品を反対側の市場に届けようとする業者。理由は100人につき、100通りある。若者、大人、年配の人、子ども、赤ん坊。

アブホーリはガザ内のイスラエル人入植地とイスラエル国内を繋ぐイスラエル人専用道路と、パレスチナ人が使う道路が交差するところだから、イスラエル軍はこの検問所で相互の車の流れを管理している。というより、イスラエル人の通行を優先するために、パレスチナ人の車の流れを止めている、と言う方が正確かな。でも、時にはイスラエル側の車が一台も通っていなくても、イスラエル軍は検問所の道を閉鎖することもある。

パレスチナ人側に通行の有無を知らせるのは監視所の外に設置されてある大きな信号のみ。信号が青に変われば通過できる。車が1、2台通過した時点で信号がまた赤になることもしょっちゅう。そして、信号が一度赤になったら、いつまでも赤であり続けられる。予測不可能。待っている人たちは一体どれくらい待っていればいいのかが分からない。それが5分なのか、5時間なのか。それとも今日はまったく通してもらえないのか。だから私はこの場所を「地獄の辺土」と呼ぶようになっている。

1時間が経過。最初のうちは他の乗客と少し会話をして気を紛らわせるけど、そのうち暑さで口を開く気力さえなくなる。2時間経過。とにかく暑い。車内は人口密度でまるでサウナ状態、汗で洋服が2枚目の皮膚のように身体に引っ付いていて気持悪い。それに、空気がどんどん薄くなっている気がする。窓の外を見ると、多くの男性が車から降りて風に当ろうとしている。私も降りてみると、確かに時々生ぬるい風が吹いてきて少し涼しい気持になる。でもその代わりに、日差しが顔と身体に手加減なしに当ってきて痛い。周りを見回しても、ここはまるで巨大な駐車所。休憩所なんて愚か、日陰なんてものさえどこにもない。

アブホーリ検問所:

筒型の監視所と信号

< 雇われ乗客 >

3時間経過。信号は赤のまま。

たくさんの車の間を子どもたちは縫うように通り抜けていく。検問所を通過するのを待っている子どもたちではない。待っている人たちにチョコバーを売ろうとしている少年もいれば、片手にやかん、片手にプラスチックのコップを持ちながら「紅茶〜、あったかい紅茶〜」と叫びながら歩いている子もいる。そして、何も手にしていない子ども達もたくさんいる。彼らは「ガリート」(雇われ乗客)をやっている。

彼らがここで稼げるのは皮肉にもイスラエル軍のお陰。イスラエル軍は去年頃から、「3人以上乗っていない車は検問所を通さない」というルールを設置している。1人か2人しか車に乗っていないと、検問所(イスラエル軍)を攻撃しにきた恐れがあるからだという。そこで、ガリートたちの出番。彼らはこの検問所近辺をひたすら歩き回り、車の運転手に声をかけてもらうのを待っている。2人しか乗っていない車に乗り込み、検問所を通過するまでの約200メートル、「3人目」になる。そして、検問所の反対側まで行くと運転手に報酬として1シェケル(約30円)が貰える。車から降りたらまた逆方向から検問所を通ろうとしている車を探して、同じことを繰り返す。

カイザー・バラカ (12才) は今年の秋から晴れて中学生。ヤンチャな目をした、笑顔がとても可愛い男の子で、ガザ地区中部の町テールバラで両親と5人兄弟と一緒に住んでいる。夏休みの間、彼もガリートとして働いている。「日の出から日没まで頑張れば、いい日だと15シェケルくらい(約400円)稼げるんだ。でも、今日みたいにずっと検問所が閉まってると、やっぱり稼ぎは落ちるよね。今日は7シェケル(約190円)にしかならないかな」

カイザー君は家の唯一の稼ぎ手。彼のお父さんはガザではよく聞くケースで、以前はイスラエルで出稼ぎをしていたんだけど、インティファーダが始まってからはイスラエルへの入国が難しくなって結局仕事を失って、未だに失業中だという。「随分ハードな仕事だね」と言ってみると、彼は「仕事をするのが大好きなんだ。家族に何か持って帰れるのが嬉しい」と言いながら、私に最高の笑顔を残してまた車の間を通り抜けていく。


家族を養っているカイザー

< “Killing Time”>

5時間経過。7時間。その間、こちら側からの車はまだ一台も通してもらえていない。でも、並んでいる車が一台でもエンジンをかける音がすると、みんなの顔が急に希望に満ち溢れて、外で待っている人たちは慌てて自分の車に乗り込み、エンジンをかけ始める。だけどその車は待ちくたびれて引き返す車だったりするから、それに気付いた瞬間、皆が肩を落す。私もがっかり。運転手はまたエンジンを切り、男達はまた車外に出て足の伸ばす。これが何度も繰り返される。こういった、「喜怒哀楽」の世界はかなり残酷に思える。

それでも待ち続ける人たち。今まで待ったんだから、これで引き返した瞬間に検問所の道が開いたら通過するチャンスを逃してしまう。それなら、もう少し、もう少しだけ待ってみよう・・・そういう気持で、微かな希望を胸に膨らませながら待ち続ける。

結局、8時間後に私達のタクシーは道の通過を許される。車内のみんなの表情を見渡すと、運転手も乗客もみんな、一日中太陽の下でエネルギーを消耗し、くたくたになっていながらもホッとした様子・・・でも今までの8時間は?喉元過ぎれば・・・本当に忘れられるのかな?

英語で“to kill time”という表現を、私は今までは「時間をつぶす」と和訳してきたけど、アブホーリ検問所でこうやって何時間もひたすら待っていると、そこで私達の時間が本当に「殺されている」気になる。ここで過ごしている時間は本来、学校で勉強しているはずの時間、家族とご飯を食べているはず時間、友人と楽しく過ごせているはずの時間。そして、道が開くのを待っている人たちの帰りを同じだけずっと待ってくれている家族・友人・恋人の時間までもが奪われている。

例え今日は検問所を通過出来たとしても、明日はまた何時間待たなければならないのか分からない。明日はいくら待っても結局通過出来ないかも知れない。そうすると、明日の予定はどうなる?来週の予定は?来月?1時間1時間が私達人間の人生を構成していくものだとすると、これからも一体どれだけの「人生」があの検問所前で失われていくんだろう。

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