NPO法人 地球のステージ
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更新: 2005年8月26日
 
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< インティファーダ3周年 >


9月下旬から新しい子たちが事務所に来るようになった。

今回の子どもたちも事務所と同じブラジル地区に住んでいる子たち。エジプト国境に接しているところで、ラファの中でも最も危険な地域。ここではイスラエル軍の防御フェンスを立てるためにも多くの土地、家屋が徹底的に破壊されている。夜に限らず日中も戦車や軍用ブルドーザーが走り回り、人々は四六時中銃撃にさらされている。

さて、9月28日はインティファーダ3周年の日だった。この日はさすがに何かが計画されているだろう、盛大なデモがあって街中は熱くなるだろう、と思っていたけど、実際にその日を迎えると、現地ではインティファーダを記念する行事の1つもなく、通常通りの日だった。そして、拍子抜けしてしまうほど静かだった。なんとなく、パレスチナ側の今の状況に対する疲れと絶望感が感じられるような気がした。

でも、折角、というのもなんだけど、このまま何もなかったようにこの日が過ぎていくのもなんだと思ったので、これを機に青少年活動に参加している子どもたちに、インティファーダについての自分たちの気持を少し聞いて見ることにした。28日と29日は、通常のワークショップ(英語ワークショップと自己開発ワークショップ)を中止し、その代わりに男子、女子、それぞれにインティファーダについての合同ワークショップを行うことにした。



ワークショップに参加する女子1組、共同お絵描きの様子

ワークショップに参加する男子、共同お絵描きの様子 



12才から15才の子どもたちにとって、3年間はあまりにも大きい。今の状況の中で丸3年生活している子どもたちは今、何を考え、状況に対してどう思っているのだう。通常は男子20人、女子20人で行っているワークショップ。今回は欠席者もいたので、男子16人、女子16人だった。

子どもたちそれぞれに、インティファーダについて次の質問に対する答を書いてもらった。

1. インティファーダが始まる前、そして始まってからの自分の生活について
2. 問題の解決策
3. インティファーダで幸せか、不幸せか
4. 「平和」に合意するか
5. 将来の夢


そして最後に、インティファーダで最も印象に残ったことを絵で表現してもらった。

結果をみてみると、将来の夢について、女子16人中8人が「インティファーダで怪我した人たちを救うために医者になりたい」と答えている。5人は「先生になりたい」と答え、2人は「パレスチナで何が起きているかを世界に伝えるためにジャーナリストになりたい」と答えている。それに対して、男子は16人中、たったの3人が職業を答えた。他の子たちはみな、漠然とした答(安全に暮したい、や、母国を守りたい)と答えている。

ほとんどの夢が今のインティファーダに関連していることが、彼らの現状を痛いくらい現しているような気がする。勿論、それぞれの答には全体的に見ると大変似ているところもあるけど、読んでいくと人数分ほど答も少しずつ異なっている。それぞれの子どもが自分の思い出、自分の考えを抱えて生きていることに改めて気づかされる時だった。
 
ここで何人かの子どもたちの答を紹介したい:


Abdel Rahman
アブデル・ラフマーン、13歳。 
彼が描いた「インティファーダの想い 出」は、自分がイスラエル軍に耳を撃たれた時のこと。幸い命には別状はなかったが、撃たれた耳は大きな傷を負い、その耳からは何も聞 えなくなった。





Heba
ヘバ、13歳。

インティファーダで一番印象に残っているのは、兄弟や我が子の墓参りに行く女達の姿、そして軍用ブルドーザーによって破壊される寸前 の家の様子、だという。「私の周りの家も多く 破壊されてしまった。下の絵では、家族が全員 無事に家の中にいることを願っている男の人を 描いたの」と話す。



Mohamad Satari
モダマッド、14歳 
イスラエル人を狙った自爆攻撃の様子を描いてい る。「パレスチナの母親たちが泣いているよう  に、イスラエルの母親たちにも泣くべきだ」とい う。そういうモハマッドも、今回のインティファーダでイスラエル軍に両脚を撃たれている


< 女子 > 

ハニーン・ケシタ(12才)

インティファーダが始まる前は家にいて幸せだった。でも今は家は大変。多くの家が破壊されて、いつも銃声が聞えてくる。解決策は、イスラエル人がパレスチナから出て行くこと。出て行ったら私達は安全に生活できるようになるのだから。今は不幸せ。だって多くのパレスチナ人が死んでいっているんだもの。「平和」なんて来たって、亡くなった人たちは生き返れるわけじゃない。将来は怪我を負った人たちを治療するために医者になりたい。

ジハーン・アル・アハラス(14才)−

インティファーダ前は幸せで安全な生活を送っていた。今はとても危険な状況で生活しなければならない。銃撃や家が破壊される音に怯えている。解決策は平和、皆が1つの国で共に生きていくこと。今は不幸せ、たくさんの人が殺されて、たくさんの家屋が破壊されているから。でも、平和は訪れないと思う。だってちょっと前まで、イスラエルとパレスチナ両側が停戦を約束したはずだったのに、その間イスラエルはずっと撃ってきていたもの。将来は怪我人を助けるために医者になりたい。

サリ・アルーシャーエル(13才)―

インティファーダ前は幸せだった。家屋破壊なんてなかった。でも、今は毎日家が壊され、銃声は聞え、土地もめちゃくちゃにされている。多くの人々も殺されていっている。解決策は安全と平和。平和って、例えば、子どもたちが家の外にでて、お母さんたちが「早く!家の中に入ってきなさい!イスラエル軍が撃ってきているよ!」といわないで済む環境のことだと思う。私達は自由が欲しい、平和が欲しい。今は不幸せ、だってイスラエル軍はどこへも撃ってくるんだもの。そんな「彼ら」が言うような平和でなんて納得出来ない。だって、「平和」って言っても、また数年したらまたインティファーダが始まるかもしれないじゃない。ずっと続く、本当の平和が欲しい。夢はジャーナリストになること。ここで何が起きているのか、テレビを通して多くの人に伝えたい。
(註:サリーは2ヶ月前に家を完全に破壊され、その時に2人の兄が撃たれ、亡くなっている。彼女も別の機会に腕を撃たれたこともある)



< 男子 >

モハマッド・アル・サタリ(14才)−

インティファーダ前は安全で幸せな生活を送っていた。人も死んでいかなかったし、銃撃なんてなかった。でも今は多くの人が死んでいっているから悲しい。解決策は、イスラエル人が僕らの土地から出て行くまで、戦い続けることだ。ユダヤ人が死んでいくのは嬉しいことだ。平和になんて合意しない、停戦が終わったのはイスラエル側がちゃんとルールに従わなかったからだもの。夢はイスラエルで自爆攻撃をすることだ。
(註:モハマッドはイスラエル兵に両脚を撃たれた経験がある)

イブラヒーム・アルーアイディ(14才)ー

インティファーダ前は自由と独立した、幸せな生活だった。でも今は悲しみだけ。多くの人が死に、イスラエル人に家を壊されるから。解決策は、イスラエル人が私達の国から出て行くことだ。友だちもインティファーダで殺されちゃったからとても悲しい。イスラエルが本当に僕たちに[自由に生きる]権利をくれるのなら、平和には合意する。夢は自由で幸せな人生を送ること、そしてイスラエル人がわが国から出て行くことだ。

アブデル・ワハブ・ケシタ(13才)−

インティファーダ前は安全で幸せな生活を送っていた。自由な生活とは何か、権利とは何か、実感でていた。お金も充分にあって、将来のことも考えられた。でもインティファーダが始まってからは全てが抑圧された。毎日、言葉に出来ないようなことを見ている。解決策は、イスラエル人が永遠に私達の土地から出て行くことだ。そうすれば、パレスチナ人は自分たちの国の将来についていろいろと考えられる。今は不幸せだ。毎日人が殺されて、怪我を負って、家が壊されて、樹が根っこから引き抜かれて、男達は連れていかれて、[こういうことを見ている]僕はどうして幸せだといえるんだ。勿論、平和には合意する。平和になれば僕は平和と安全を手に入れられるから。そして、平和が来れば、ぼろぼろになったパレスチナという祖国が僕たちの元に戻してくれるから。そうすれば、今後のことも考えられる。夢はパレスチナの人たちが皆1つになって、イスラエル人や世界中の人たちと共存すること。四方八方から平和と安全に囲まれることを夢見ているんだ。


 個々の活動が終わったら、3人〜5人の小グループに分かれ、「インティファーダと理想の未来」をテーマに、共同作業で絵を書いても らった。この絵では、上  の部分には軍用ブルドーザーに破壊されている家屋、そして下の部分には理想の未来、平和で安全な生活を送 れるパレスチナを描いている。

 

future 

future(1組の男子が描いた「理想の未来」)

1組の女子が描いた「現在と理想的な未来」
彼らにとっての「理想の未来」は、イスラエル・パレスチナ同の戦車に象徴される。彼らはイスラエルとパレスチナが共に自分達の土地を守っているる世界を描いている。
パレスティナ事業関連
☆由美のラファ日記☆ ☆活動支援報告 桑山☆
・第1回 03.2.3〜
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