6月。1ヶ月ぶりに戻ってきたラファはすっかり夏入りしていた。毎日かんかん照りで、日中外に出るのはおっくう、夜は昼間の熱が家の中に蓄積され逆に室内にはいられない。最も暑くなる7ー8月はまだまだ先だと思うとなんだか気が遠くなる。
6月1日から子どもたちは期末試験の地獄からやっと解放され、3ヶ月の長い夏休みに入った。学校がある時期は眠い目をこすりながら嫌々登校していた子どもたちだったというのに、今は朝の6時でも元気に路上でサッカー・ボールを追いかけている。
通常放課後に行われるフロントラインの活動時間もサマー・タイムに変更。プログラムは比較的涼しい午前中の間に行い、活動が終わる3時過ぎはスタッフも子どもたちも各家で昼寝体制。
5月に一時帰国する前に、フロントラインの子どもたちに約束していたことがあった。それは、滞在中に予定されていた講演会の各会場でラファから持って帰るパレスチナ・キーホルダーを売りさばいて、その売り上げでみんなで海に遊びに行くこと。 
「完売しなかったら帰ってきちゃダメだからね!」
なんて脅されていたが、お陰様でつくば、東京、京都、大阪の4カ所でキーホルダーは完売し(買ってくださった方、本当にありがとうございます!)、その売り上げとカンパ資金を大事にラファに持ち帰った。
そして、さっそく戻って来た次の週にフロントラインの子どもたちへの約束を実行!今年の1月からプログラムに参加しているハイ・サラーム地区の男女、そして演劇クラブの男女の合計4グループを次々とガザ市に連れていった。
<ガザ市への遠足>
4日とも、基本的に同じようなスケジュールだった。
まず、朝は5時起き。濃いめのコーヒーをがぶ飲みしてなんとか眠気を振り落とすのに1時間はかかる。6時半には他のスタッフもやってくる。ガッサン、ガーダ、フロントライン専用のバスの運転手のアブ・アクラム、そしてこの夏新しくスタッフに加わったボランティアのハサン。みんなでバスに乗り込んで子どもたちを向かいに行く。
約束の時間は7時だけど子どもたちは決まってそのはるか前に集合場所に集まっている。置いて行かれるのが怖くて、5時にはすでに集合場所に来てたという子も数名。
大きなバックを下げてバスに乗ってくる子どもたちはまるで家出少年・少女のように見えて笑える。海で泳ぐための着替えの服、タオル、お菓子、ジュース・・・みんな準備万端。
8時前にはガザ南部とガザ中部を切り分けるアブ・ホーリ検問所に着く。3月のフドナ(停戦)以降、検問所も以前と比べてだいぶ通り易くなったとはいえ、それでもいつもの癖で内心ちょっとビクビクしながら通るのを待つ。子どもたちも思わずバスの中で立ち上がってイスラエル軍の監視塔をじっと見つめる。4日とも、だいたい10分から20分ほど待たされただけで検問所を通過でき、みんなで安心のため息をつく。
8時半にはガザ市に到着。子どもたちの朝食のサンドとジュースを買い、ガザ市の公園へ向かう。「公園」といっても、日本からみて決して広い公園ではないが、芝生があって、お花が咲いていて、ちょっと珍しい木も植えられている、なかなかきれいに保たれている場所。入場料(一人1シェケル、約30円)取られてしまうのも納得できる。緑が極めて少ないラファからくる私たちにとってはまるで天国のような場所。緑に囲まれての贅沢な朝食会。
9時半には公園を出て、子どもたちが待ちに待っていた海に向かう。6月上旬はまだクラゲが発生していない時期だから泳ぐのに最適。夏だけに開業する「海の家」に入ると、子どもたちは時 間を一秒とも無駄にしたくないかのように慌てて着替えて海の中に飛び込む。
女の子たちは基本的にトレーナーに着替える。ヒジャーブ(ヘッド・スカーフ)を巻いたまま海に入る子もいれば、取って入る子もいる。男の子たちは短パンに履き替えて海に入る。シャツきたまま海に入る子もいれば、上半身裸で入る子もいる。スタイルはそれぞれ違っても、海の中で見せる笑顔はみんな同じ。
「一緒に海に入ろうよ!」という子どもたちのお願いに弱いガッサンとハサンは、子どもたちと一緒になって海の中で遊びまくる。ガーダと私も何度も誘われるが、二人とも去年の悲惨な経験(去年子どもたちと一緒に泳いでから、服か らなかなか砂が落ちなかったこと、肌が真っ赤になって一週間ほどヒリヒリしていたこと)を思い出し、私たちは子どもたちが遊んでいる場所に一番近いテーブルに座り、パラソルの陰にいるようにしている。
大騒ぎしながら水を掛け合う子どもたちを見てとてつもない幸せを感じながら、気がつかない間に誰かが溺れてしまうのを恐れて10分ごとには慌てて子どもたちの数を確認する。母親になるとこんな感じなのかな、なんてふと思う。
子どもたちは少し休みたくなるとガーダと私がいるところにやってくる。隣に座ってぺちゃくちゃうわさ話をする子もいれば、ぼーっと海を眺める子、お菓子を買いに行ったりする子もいる。みんな、海に入っていない時間は必ず何かを口にいれている。アイス、チョコ、ポテトチップス、ナッツ、終わりのない食べ物のパレードにいつも関心してしまう。その度子どもたちが見せてくれる思いやりにも。私や周りの人たちに気がつくと必ず自分が食べているものを差し出して「一緒に食べよ」と言ってくれる。
一時間おきくらいに子どもの誰かが聞いてくる。
「ユミ、何時までここにいられるの?」
「3時か4時くらいまでかな」
「ええええええ?!?」と、凄まじいブーイングの嵐。
「8時まではいい!」「暗くなるまではいいでしょ?」
午後1時。子どもたちの昼食を買いにいって、みんなで一緒に食べる。でも中には(特に男の子たちは)昼食はことの2分で飲み込み(「蛇じゃあるまいし、ちゃんと噛んで食べなさい!」)、あっという間にまた海へと走っていく。「食後30分は泳いじゃダメ!」と叫んでいる私になんてお構いなし。「あーもー、まったくー」
「船に乗せてくれるの?いつ、いつ?」

子どもたちは待ちに待ったモーターボート乗り。2時頃には8人乗りの船を借り切って2回に分けてみんなで乗る。たった10分の船乗りも、この子たちにとっては大アドベンチャー!
それにしても、よく子どもたちはこう何時間も海にいて飽きないもんだわ、と関心してしまう。活動中はじっとしていられない子どもたちだと言うのに!でも、こうしてたった約20キロしか離れていないのに、海にくるのは1年ぶり、4年ぶりという子どもたちがほとんど。中には今回が初めての子どもたちもいる。無邪気に遊んでいる
彼らを見つめながら、彼らにとって海は唯一本当に自由を感じられるところなんだなぁ、と思い出す。海にいると世界が無限に感じられる。思いっきり叫んで、思いっきり走り回って、普段の生活をすべて忘れられる。
みんな、停戦が始まってから初めての海を経験している。
午後4時には子どもたちに着替えさせ、バスに乗ってもらう。「ほら、ブーゼット・カーゼムに行きたいんじゃないの?」と聞いてみと、みんな、口をそろえて「いくいく!」と騒ぎ出す。ブーゼット・カーゼム、といえば、ガザ市の有名なアイスクリーム・パーラーのこと。ガザ地区で一番美味しいアイスクリームが食べられるところとして誰にでも知られている。フレーバーは4つ。バニラ(と名付けられているが、どうもあやしい。不明な味)、チョコもどき味、そして凄まじいピンク色のイチゴもどき味。一番高いアイス、2シェケルのワッフルコーンに盛りつけられる3フレーバーを子どもたちに配ると、5才の子どものように喜ぶ。粘りがあるこの不思議なアイスクリームをみんなで真剣に食べる。
午後6時ごろにラファに到着。子どもたちを降ろして、私たちスタッフも帰宅する。
出発してから帰宅まで11時間。みんな、真っ赤な顔をしてくたくた、ただお風呂に入った後に寝ることしか頭にない。でも、お陰様でガザ市へのガソリン代をはじめ、子どもたちが行きたいところ、飲み食いしたいもの、したいことを基本的にすべて与えることができて、私たちスタッフも子どもたちも大満足!
(追伸:この経験で私たちスタッフが学んだ教訓:やっぱり若さにはかなわない。たて続き4回も子どもたちを遠足に連れていくのは自殺行為!大人の回復期間を考え、次回からはちゃんと間を置いて遠足を計画しましょう〜) |