2002.2.14/ガザに入る
14日、10時にエルサレムを出て、ガザへ向かいました。
ものすごく整ったイスラエル側の高速道路を飛ばすと、1時間半もしないうちにガザの入り口に到着です。それまでの広大な緑の平原が一気に茶色に変わります。ここからはパレスチナの自治区ですが、基本的にはイスラエルが占領しているところなのです。
一つの国の中に国境線のようなチェックゲートがあるのは、旧ユーゴで経験してきましたが、それでもなんだか奇妙な感じです。イスラエル兵士に硬い対応をされながら、歩いて境界線を渡りました。それから先はガザ地区。パレスチナの自治区ですが、一気に途上国の様相です。家々は乱れ、道路はガタガタ。
イスラエルはここを占領して何にするというのでしょうか。
結局国の形を整えるためだけの占領に過ぎないと思えるほど、ここはパレスチナの人しか住んでいないところなのです。
さて、出迎えを受け、ガザ市に入りました。
かなり大きな街です。
ごみごみしたところは、ほかのアラブ諸国の田舎の町と同じです。
ガザでの活動は月曜日以降にするとして、とにかく一番危険地帯とされているところ、ハイン・ユニスとラファです。
ラファはエジプト国境に接しており、かつイスラエルの入植地にも境界線が通っているので、ガザ地区でももっとも危険地帯とされています。なるほど、入植地との境界線の方面からは、昼から銃声が響いてきます。
そして街を回ると、あまりにひどさに驚いてしまいます。 |

ラファ、ハインユニスの
破壊された街
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まるで廃墟の町といってもいいような荒涼たる風景。
確かに今日までがイードなので、店が多く閉まっているというところも影響しているとは思いますが、人口の25%が難民によって構成されているラファは、街というよりも、全体が難民、避難民で構成されているような風景です。
実際に街を歩いてみると、子どもたちの様子はすさんで見えます。
ハイン・ユニスの海岸沿いを行くと、一面破壊された家屋が並び、その周囲には多くの難民が廃屋の中に住んでいました。
一人の少女が寄ってきて手を離しません。
「マニー・マニー」
物乞いの少女には初めて会いました。
彼女はなおも手を取ってじゃれてきます。
ちょっと暴力的です。
甘えたくてしょうがないのでしょう。
この地域はまさに子どもにも大人にも心のケアが求められていると痛感しました。
ジェニンもそうでしたが、ここもかなりのすさみ方です。
ラファでは、あまりに国境線沿いなのかほとんどのNGOが活動していません。活動しているのはUNと、地元のNGOだけですが、それはかなりしっかりしています。ガザ市は比較的安定しているように見えます。返ってこの最危険地帯、ラファでの活動こそ、重要なのではないかと思えてきます。
こうして書いている夜・・・銃声が続きます。
すぐ近くのガンファイトです。
ジェニンよりも激しく感じました。
そんな地域に12万人の人口が住み、うち4分の1が難民です。
このラファ、今後詳しく報告し、どんな活動ができるか、検討していきたいと思う地域です。
ガザ地区での活動は、これからが本番です。 |