NPO法人 地球のステージ
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更新:2004年7月24日
 
 NPO法人「地球のステージ」では、海外において支援活動を行っています。
2003.2.4 /パレスチナ到着
2003.2.5 /ジェニンという町
2003.2.6 /約束の大地
2003.2.7 /休日
2003.2.8 /パレスチナの医療
2003.2.9 /講義の日
2003.2.10
   ジェニン難民キャンプ診療所
2003.2.10/ムジーブとラムジ
2003.2.11/エルサレム入城
2003.2.14/ガザに入る
2003.2.15/ホット・スポット
2003.2.17/アトファルナ聾学校
2003.2.18/アトファルナという存在
2003.2.19/閉鎖
2002.2.20/ハインユニスの戦闘

 

ムジーブとラムジ/2003.2.10


さて、夜はムンジさんの家に行きました。
彼はイスラエルにも自由に入れるパスを持っている珍しいパレスチナ人です。食事をいただきながら、彼の弟さん、ムジーブさんと話しました。
彼は現在25歳、ヨルダンにあるデザインの専門学校で洋服のデザインを勉強したのですが、結局そこでは衣服のカッティングの仕方を教わるくらいで、本当の「デザイン」は勉強できなかったといいます。帰国してジェニンに住みながら、現在は無職の状態が続いていますが、とにかく絵を描くのが好きで、服やできれば車のデザインもしたいといいます。

けれど、
「無理だと思うよ。だって、それを勉強するにはここ(パレスチナ)では無理だ。外の国に行かなきゃ。でもそれはお金がかかる、絶対に無理だ。僕の夢は尽き果てたんだよ」
「でも、いつかきっと・・・」
「そうかな・・・この国のいったいいつに、夢がたくせるんだろうか・・・」

とってもナイーヴな人でした。
             

ムジーブ


そんな彼に聞かれました。
「ケイが一番大切にしていることは何?」(桑山はこっちではドクター・ケイと呼ばれています)
「そうだな・・・本当の事を知るってことかな」
「そうか!!だから君はここへ来たんだ!!」
「そ、そうだよ」
「知ってるよ、僕たちパレスチナことを世界の人がどう思っているか。イスラエルに攻撃を仕掛け、暴力的で、 扱えない人たちだって思われていることをね」
「そうかもしれないね」
「でも、どうだい?ケイは直接ここへ来て、本当のことがわかったかい?」
「ああ、実はパレスチナの人は思いやりがあって、優しく、誰とでも友達になれていい人たちなんだということ がとってもわかったよ」
「そうだろ?そうなんだよ。僕たちはねCNNみたいなことはできないんだ。テクノロジーがないからね。でも  ね、きっといつかわかってもらえると思っているよ。パレスチナ人がみんな普通に生きている人たちで、誰も 戦争やいがみ合いなんかしたくないってことをさ」

とても賢く、スマートな人物です。イスラエル人の彼女と付き合っていたといいますが、今回のインティファーダで、会えなくなってしまったといいます。
さらにムジーブは聞いてきました。
「今一番力入れていることは何?」
「・・そうだね、僕たちは学校を回ってこういった国々のことを、このビデオやカメラで伝えているんだよ。子 どもやその親、そうだなもっと言えば、日本の人たちに本当の事を知ってもらいたくてね」
「そうか、だからケイはそんな高価なカメラを2つも持っているんだな、ハハハ」
「そう、これでとったものを大きな画面に映して、説明をするのさ」
「そいつはいいなあ。で、僕たちの映像や写真はどうかな」
「もちろん素敵に写っているよ。その笑顔や、考えていることをちゃんと伝えるさ」
「じゃ、もう一つ伝えてほしいことがあるんだ」
ムジーブは少し笑いながらも、真剣な面持ちで語り掛けてきました。

「ケイの国には豊かなテクノロジーがある。そのカメラもそうだろうね。僕の国、パレスチナにはまだそれはな いよ。コンピューターだって、なかなか持てないんだ。でもね、そんな僕たちの国、パレスチナには豊かなも のがあるんだ。それはね、人の心ってもんなんだよ。町で会ったら挨拶をする。時間がないとかいわないで、 握手して会話する。立ち止まって相手に触れる。家を訪ねれば、遅くなってもお構いなしだ。今度その人が訪 ねてきてくれたときに、遅くまでいてくれていいからね。ここではね、人がとっても仲良く暮らしているんだ よ。知っているとおり、ジェニンには警察官が少しだけいるけど、誰も銃を持っていない。だってさ、犯罪な んてこの30年でほとんど聞いたことないよ。僕のうちは鍵はかけない。誰でも自由に来てほしいからね。貧し かったら誰かが助ける。別に人のものを黙って取る必要はないよ。”自分は傘がなくって困っているんだ”と いえばいい。誰かが貸してくれる。でもその傘は返ってはこないさ。その人のものになっていいんだ。傘がな くなった人は傘が必要なときに、隣の人に「傘を貸してくれ」といえばいいんだ。そうやって僕たちはこの大 地に何千年も暮らしてきた。だからね、伝えてほしいんだよ。パレスチナの人はね、人間が大好きだってこと をさ。お願いだよ」


国には、あるものとないものがあるのでしょう。国それぞれ・・・というわけです
日本にはテクノロジーというすばらしいものがあります。パレスチナには人の心が通い合う関係があるのでしょう。それをどっちがいい、悪いと比べることに意味はないように思います。お互いないものを認め合って、それを吸収できれば豊かな関係になるように思います。
 

いつのまにかムジーブの横にラムジが来ていました。彼女は12歳、ムジーブの兄の娘、つまり姪っ子で、学校の1年生です。ラムジは習いたての英語を使っていいました。

「私は見たよ、この家からはジェニンの町がみんな見える。去年、イスラエルはジェニンの難民キャンプを燃やした。全部見えた。何人も死んだよ。子どももいた。私の同級生も撃たれて怪我をした。日本のみんなはどう思っているの?ジェニンのこと、どんなふうに思っているの?私たちが悪いの?」
大きな瞳で見つめてきます。
 
「お願いがあるよ。日本の子どもたちにパレスチナに遊びに来てって伝えて。私、いっぱい友達になれるよ。ダンスを教えてあげられるよ。そしていつか私も日本に遊びに行きたいな」

 ラムジ

パレスチナは真実の大地だと思いました。

パレスティナ事業関連
☆由美のラファ日記☆ ☆活動支援報告 桑山☆
・第1回 03.2.3〜
・第2回 03.7.3〜
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