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ジェニン難民キャンプ診療所/2003.2.10
パレスチナにおける難民の定義は複雑です。
第4次までの中東戦争で国外に逃げた人々は「難民」として認定され、その証明書を持っています。その難民がパレスチナに帰国した場合、彼らは国連の保護下に置かれて安全を保障されます。生活費も一部支給を受けられるのです。しかしそのとき国外に逃げた人々の中には、根強いイスラエルへの抵抗感を今も持っている人が多く、難民の人々が集まってすむ地域は反イスラエル感情が周囲住民よりも高く、ハマスなどの活動の温床になるとして、イスラエルからはいつも適しされていました。
ジェニン難民キャンプが、昨年3月からイスラエル軍の構成にさらされ、4月に入って侵攻があった経緯は、そのジェニン難民キャンプが多くの「反イスラエルテロリストをかくまっている」という理由によるものでした。3月4日にハリール先生が殺された経緯もそんな状況によるものです。
さて、そのジェニンは現在も国連の薄い管理下にありますが、ひとつ診療所があります。そこを訪れました。
まず一番驚いたのは待合室の一面に残る銃弾の跡です。リハビリルームの窓ガラスを覆うカーテンには今も銃弾が貫通していったときにつく黒いこげ跡が残っています。病院さえ、攻撃の的になり、それがUNが運営するものであってもお構いなしであるところにイスラエル軍の狂気があるように思います。生き延びた人々はこの診療所を今も支えています。しかし医師はたった一人。しかも産婦人科医で、一般の内科は手探りで行っています時々助っ人の医師が来ますが、週に1回程度とのことで、まず絶対的な医師不足が現実問題です。機材は一通りそろっています。検査室も、薬局もあり基本的に診療費は無料、薬も薬局にあるものであれば無料で提供されます。
そんな診療所で最近とみに問題になっているのが精神的な問題を抱えてやってくる人々です。身体不調を訴えているものの、どうやら心の問題から来ているケース。高血圧、動悸、息切れ、めまい・・・それは度重なる緊張と混乱の中から来る症状です。しかし毎日200人もの患者さんが訪れ、話を聞いてもらうというよりも薬を出してもらうという診療形態の中では、癒されるものと癒されないものがあるように思います。
その意味では、このジェニン難民キャンプ診療所は大変重要な位置にあり、それが安定することはとても人々にとって必要なことのように思われます。何らかの支援をこの診療所に対してできないか、考えたいと思います。 |
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