NPO法人 地球のステージ
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更新:2004年7月24日
 
 NPO法人「地球のステージ」では、海外において支援活動を行っています。
2003.2.4 /パレスチナ到着
2003.2.5 /ジェニンという町
2003.2.6 /約束の大地
2003.2.7 /休日
2003.2.8 /パレスチナの医療
2003.2.9 /講義の日
2003.2.10
   ジェニン難民キャンプ診療所
2003.2.10/ムジーブとラムジ
2003.2.11/エルサレム入城
2003.2.14/ガザに入る
2003.2.15/ホット・スポット
2003.2.17/アトファルナ聾学校
2003.2.18/アトファルナという存在
2003.2.19/閉鎖
2002.2.20/ハインユニスの戦闘

 

休日 / 2003.2.7

今日はイスラムの休日、金曜日です。
店は大方が閉まって、午後からはみんなモスクに行ってお祈りです。

でも朝から仕事というか病院見学をしていました。
パレスチナには医師は数こそ少ないけど、専門性の高い人が結構います。それは、アフガニスタンでもそうでしたが、アラブ諸国は医療については結構力入れているようです。
 
しかしジェニンは周囲をイスラエル軍によって封鎖されているため、極端に人の出入りが少なくなっています。そのため、周辺の村からの患者さんがこれなくて、病院はあまり患者さんがこないときもあります。加えてジェニン市内に暮らしている医師は少なく、みんななナブルスやジョウザレム(エルサレム)から通ってきたりしています。しかし封鎖が厳しいと、チェックポイントが通れなくて医師が病院にこれない事態さえあるのです。
医療は非常に不安定な中で行われていました。

午後からはジェニン難民キャンプに行きました。
ここは昨年4月、イスラエル軍の侵攻があり、多くの人が殺されました。寝ているところを戦車が踏み潰していき、60人あまりが亡くなり、一帯は瓦礫の山と化しました。イスラエル軍によると、テロリストをかくまっている不届きな難民キャンプだから」という理由だったそうですが、国連統治下にあったキャンプに侵攻したということで、国連は非難声明を出しましたが、国際世論はほとんど動きませんでした。一帯は破壊された後に、瓦礫を長い時間かけて取り除き、新しい家を作る準備をしてきたためにさらちになっていますが、破壊の跡を知るには十分なほどの瓦礫や壊れかけの家が立ち並んでいます。
  

そこでであったのがダラールという11歳の少女でした。
5人の小さな子どもを連れて遊んでいたダラールですが、普通の遊びとは違うので、「何してんの?」と聞くと、「家の作り方を教えているんだ」といいます。
 
ダラールの家は、今彼女が遊んでいるまったく平たい土の上に立っていたのですが、侵攻で破壊され、父親は戦車につぶされて亡くなりました。悲しみに暮れていたダラールですが、いつまでもそんなことじゃいけないと思い、元気を出して、小さい子どもたちの相手をしています。
 



ダラール(右端の女の子) 
その小さな子どもたちは、みんな今回の侵攻で家を失ってしまった4,5歳の子どもたちです。今は窮屈な親戚や友人の家に暮らしているのですが、まだその年齢では家が軍によってつぶされたことは理解できないので、遊びの中にそれを取り入れて、その理由を教え、かつ、家を立て直す夢を与えてあげようとしているのです。近くの電気屋さんからもらってきた使わない金属片を丁寧に並べ、そして土を使って家を作っていきます。
 
それをその小さな子どもたちと一緒にしながら、ゆっくりした語り口でなぜ家がなくなったのか、そしてどうすると家ができるのかを繰り返し伝えていました。
 
ダラールは、それでも、

「やっぱりね、そうやって説明していると、自分の家もなくなってしまったことがとっても悲しくなって泣けてくるわ。出もね、小さな子どもたちが、”ねえおねちゃん、こんなふうに家が立てられるんだったら、僕の家もすぐだよね!”といわれるとね、やっぱり笑顔で”もちろん!”っていわなきゃっておもって、元気を出そうとするんだ。するとね、なんかきっと家が持てるような気持ちになるんだ」
 
といいます。
 
11歳で、家もお父さんもなくしたダラールは、屈託のない笑顔を見せながら、弟や妹でもない子どもたちと一緒に癒しと、夢を持とうとしているのでした。

これがジェニンの侵攻です。

ダラールの家は今も立たず、そこには瓦礫と土があるだけです。けれど、国連はようやくその重い腰を起こして、家屋の再建に取り組むといってい
ます。
でもそう約束してもう半年・・・
国際世論の盛り上がりは国連のお尻を押すはずです。
ジェニンの被害者はダラールのような少女なのです。
 
私たちは、本当のパレスチナをやはりほとんど知らないのではないでしょうか。

事務所の近くにパン屋さんがあります。
今回のカウンターパートのJECCの代表、アブラさんの教え子(もともとアブラさんは学校の先生でした)だそうですが、その前を通るたび、「よってけ」というので、寄ると必ずコーヒーをご馳走してくれます。
で、帰ろうとすると、パンをくれるのです。
ただでさえお金がなくて大変なのに・・・
原料だって高いのに・・・

絶対にお金を受け取りません。
 
そんな心の底から優しい彼だって、あのチェックポイントを通るときはイスラエル兵に小ばかにされ、小突かれて通らざるを得ないのです。人の心の中の優しさや思いやりをぶっきらぼうに、けれど行為でちゃんと表現するパン屋の彼を見ていると、パレスチナのよいところが見えてきます。
 
当たり前のことですが、やはりここにも、ちゃんと人間が生きている・・・わけです。

パレスティナ事業関連
☆由美のラファ日記☆ ☆活動支援報告 桑山☆
・第1回 03.2.3〜
・第2回 03.7.3〜
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