約束の大地/2003.2.6
今日も朝から銃声でした。
今日は2回、大きなやつ
その後、戦車が走り回って、何かを壊している音・・・
それからアザーンの祈りの放送が町中に・・・
こんな変わらない朝が、これまで20ヶ月以上この町を包んでいます
さて、今日はデルガザーレの街にある幼稚園です。ジェニンの街を離れるとすぐにイスラエル軍のチェックポイントがあります。何人かのパレスチナ人が通過するために並んでいました。一人一人IDを見せ、質問を受け、小ばかにされたようにからかわれて通り過ぎていきます。何の権利で、そんな態度なのでしょうか。
イスラエルの兵士たちはみんな若く、そして声がでかく威圧的です。
「中国人か?」
「いや日本人だ」
「何しにきているんだ」
「NGOだ」
「何でテロリストを助けているんだ?」
「テロリストじゃないよ」
「パレスチナはみんなテロリストだ」
「みんな人間だ」
「なんだって?!」
「・・・」
「ここを通りたいのか?」
「そうだ、デア・ガザーレにいく」
「・・・」 |

デア・ガザーレへの道
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なんか言おうものなら、銃を振りかざして通させなくするのが目に見えている状況です。何とか「許してもらって」その道を通りました。人間には基本的にどこへでも自由にいける権利があるのではなかったのでしょうか。その基本的人権はイスラエル兵の前ではどこかへ吹き飛んでいってしまいます。こんなことが本当に許されていいのでしょうか。
デアガザーレに着きました。
ここにも多くの子どもたちが来ています。
みんな昨日のジェニンの街中の幼稚園より落ち着いているように見えます。
早速樹木画に取り組んでもらいました。
驚くような大きな樹を描く子どもがいます。ある子どもは、こっちの言うことを破って花を添えました。樹木画は樹木しか描いてはいけないのです。ある子どもは樹がおれんばかりの「実」を描きました。「実」は夢や希望を表すといれわています。とってもたくさんの夢や希望を持っているのでしょう。
デアガザーレの村は、ジェニンのように毎日戦車が走り回り、銃声が響き渡ることはありません。だから子どもたちは比較的ゆったりとしており、絵も自由に描いている様子がうかがわれました。正確な解析は後日になりますが、優位な差が、ジェニンと周辺の村の間には出ることでしょう。
さて、続いてお母さんたちの懇談の時間です。
次から次へと出てくる質問は、基本的に子どもの成育に関する精神的な問題ばかりです。
特別トラウマやPTSD(心的外傷後ストレス障害)に関するものは少なかったように思います。ただ、中で気になったのは「蛇が繰り返し出てきて夜中に飛び起き、泣き叫ぶ」という子どもが複数いたことです。蛇は年代にもよりますが、やはり「侵入」のイメージです。子どもたちは彼らなりに、自分たちに敵対する存在がいて、それが忍び寄ってきて
いることを本能的に察しているように思いました。この「蛇の悪夢」はジェニンの幼稚園でも再三語られていましたが、一見平和そうに見えるデア・ガザーレでも同じ悩みを持つ子どもが複数いたわけです。
今後のケアの指標になると思われました。
帰路、晴れ渡ったパレスチナの空と大地・・・あまりに美しく、涙が出るほどでした。
何故にこんなところで対立と憎しみがあるのか・・・
空から見守る神はひとつであってはいけないのか・・・
優しいパレスチナの人々に会い続け、心は重くなっています。
しかしそれをあえてステージで伝えていくことこそ、彼らへの恩返しとなることを信じて、日々の激務に耐えようと思います。
明日はイスラムの世界では休日の金曜日。
けれど休むことはなく病院周りと、ジェニン難民キャンプの訪問です。 |