NPO法人 地球のステージ
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更新:2004年7月24日
 
 NPO法人「地球のステージ」では、海外において支援活動を行っています。
2003.2.4 /パレスチナ到着
2003.2.5 /ジェニンという町
2003.2.6 /約束の大地
2003.2.7 /休日
2003.2.8 /パレスチナの医療
2003.2.9 /講義の日
2003.2.10
   ジェニン難民キャンプ診療所
2003.2.10/ムジーブとラムジ
2003.2.11/エルサレム入城
2003.2.14/ガザに入る
2003.2.15/ホット・スポット
2003.2.17/アトファルナ聾学校
2003.2.18/アトファルナという存在
2003.2.19/閉鎖
2002.2.20/ハインユニスの戦闘

 

ジェニンという町/2003.2.5

                             

 朝、3時半にすごい銃声がしました
 パラララ・・・という乾いたタイプの銃声
 ソマリアでよく聞いたもの・・・
 反射で体がこわばります。

 ちょっとしたら、タンクの走り回る音
 だんだん近づいてくる
 でも遠のいた・・・
 またやってくる
 そんな感じです



ジェニン難民キャンプ


少ししたら、そのタンクの音を掻き消すようにアザーン(イスラムの1日5回ある祈りの声)が聞こえてきました。
もう4時30分。
タンクの音と、いがみ合いをしているように聞こえます。
うつらうつらして、白白とした朝がやってきました。

このジェニンの町はもう20ヶ月もイスラエル軍によって包囲され、封鎖されています。テロリストの多い町なんだそうです。今日は、朝から幼稚園の子どもたちがやってきません。あるテロリストの行方を追って、ジェニンの町の数カ所にタンクが突っ込んで捜索しているため、危なくて子どもたちを送り出せないのです。
8時30分からの心理テストは遅れてしまいました。

今日はジェニンの街中にある大きな幼稚園が舞台です。行くなりたくさんの子どもたちが活動をしていましたが、明らかに異常な恐怖、落ち着かなさ、暴力傾向をもった子どもたちが見受けられます。いずれも4,5歳ですが、これは普通ではないですね。案の定、先生たちはこぞって自分の担当する子どもたちの異常な行動に関する疑問をぶつけてきました。
 
加えてお母さんたちも多く集まり、日本から来た精神の専門家だというので、囲まれて、大変つらい時間を過ごしました。多くの子どもが悪夢にさいなまれ、落ち着かず暴力的になっています。それはイスラエル兵に無理やり車から下ろされたり、意味もないのに、通学のバスからおろされ、また乗れといわれ、また降りろといわれて・・・たくさんの嫌がらせをされているからでもあります。
 
また封鎖が長くなっているために、大人たちは仕事につけず、たまるストレスをさまざまな方向にぶつけて不安定になっているので、子どももそれに反応する形で追い詰められています。

こんなばかな・・・
でも現実にそんな環境に置かれて子どもたちは大変不安定です。
心のケアは予想したよりも、早く、そして綿密に行わないといけません。幸い、カウンターパートとなっているJECC(ジェニン幼児教育センター)はとても熱心なかかわりと専門性を身につけて役立てていこうとするスタッフの集まりで、出勤時間を厳守し、遅くまで働き、ハードな仕事も熱心にこなす人々ばかりです。やはり本当に困難な状況に置かれると、人間はこんなにも熱心に生きていこうとするものなのだと改めて知らされました。

サニアはお母さんと妹と暮らしています。
お父さんは先のジェニン大虐殺のとき、ブルとーざーに踏まれて亡くなりました。
サニアは今7歳ですが、男の人を見ると怖くて泣き出してしまいます。それはつまりお父さんを襲ったイスラエル兵が男だったからだとみんなは思ってきました。でもサニアの絵の中にはいつも中心にマッチ棒でできたような人が描かれています。



破壊されたジェニンの町 


「これは誰?」と聞いてもうまく答えられません。ただ「男の人」をだけ答えます。きっとマッチ棒のように粗末に描かれているので、みんな「これは憎いイスラエル兵だ」と思っていたようです。でも、サニアにあって、ひょっとしたら、サニアは男の人に会うと、お父さんを思い出して泣くのではないか、そして絵の中に登場する男の人は実はお父さんではないかと思っています。イスラエル兵を意識するよりも、やはりお父さんの存在と、その失われた状況がうまく整理できなくて、会うと泣いたり、マッチ棒のように「男の人」を描くのかもしれません。
 
7歳では、まだなかなか言葉でいろんなことを表現するのには難しいと思います。ましてやブルトーザーに踏まれた亡くなった父親を受け入れることはできないと思うし、それを「悲しい」とか「寂しい」とか表現するには時間がかかるでしょう。しかし「男の人に会うと泣く」「絵の中にはマッチ棒のような男の人が登場する」ことを、周りの大人はしっかりと受け止めてサニアのことを考えていってあげることは有効なことだと思います。

こんなふうに、気の長い心とのかかわり、ふれあいが今のパレスチナでは必要とされているように思います。

 明日は田舎の幼稚園です。

 戦車で封鎖されている個所が何箇所あるかによって、何時間かかるかがまったく違ってしまう地域です。

パレスティナ事業関連
☆由美のラファ日記☆ ☆活動支援報告 桑山☆
・第1回 03.2.3〜
・第2回 03.7.3〜
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