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パレスチナ到着/2003.2.4
エルサレムを望む
月曜の朝、仙台空港を飛び立ち、成田空港に入って昼にフランクフルトに出ました。
そして6時間ほどの乗換え時間を過ごして、夜の11時にフランクフルトを経ち、翌朝の4時前にテルアビブ空港に降り立ちました。
小雨降るテルアビブはとっても寒かったですが、幸いパスポートコントロールを難なく通り過ぎ、あまりにあっけない入国が果たせてちょっと拍子抜けって感じ。これで4回目のイスラエルになる同行の寺畑さんも「こんなことはめったにない」と言う状況で、幸先のよいスタートとなりました。 |
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さて、今日目指したのは、昨年4月に大虐殺のあったジェニンです。
アフーラの町まではタクシーで順調にこれたけど、そこでどしゃ降り。ここから15kmほどのイスラエルサイドとパレスチナサイドを分けるチェックポイントは2つ。その間は歩かなければならないという悲惨な状況です。でも万が一と思い、アフーラの町でイスラエル人のタクシーを捕まえて、第一チェックポイントを過ぎて行ってくれるかと思いきや、そんな甘いことは無理で、どちゃ振りの中、第一チェックポイントでおろされました。
雨の振る中、延々と歩きはじめたけれども、このままでは機材がぬれるという事態にまで追い詰められていたとき、なんと第1と第2の間にいたパレスチナ人が無言で「乗れ」と車を近づけてきます。
イスラエル兵に見つかれば大変なことになるけれど、それでも乗せてくれて、第2チェックポイントまで送ってくれました。
最高の御礼を継げて、彼は去りましたが、その第2チェックポイントではイスラエル兵が塹壕の中から、
「どこへいくんだ」
「ジェニンだ」
「テロリストのいるまちだぞ」
「いや、パレスチナ人のいる町だ」
「何をしに行くんだ」
「日本のNGOだ」
「馬鹿じゃないのか?」
「違う、NGOなのであって、馬鹿ではない」
なんとも情けない会話を受けながら、泥の道をずりずりとかばんを引きながらすすんだ。
遠くにタクシーが見える。
ジェニンのカウンターパート、JECCが送ってくれたものだ。
よかった・・・
さて、JECCの事務所に入り、とっても積極的な人々と明日以降の活動計画を立てて、ジェニンの町を見て回った。
大虐殺のあったところは、きれいに整地されて、なんとも見事な土のがけになっている。こんなふうに町を破壊するイスラエル軍・・・。
すでに怒りがふつふつと出てきているが、それを「反撃」の気持ちに変えてしまうと、それはすなわち「憎しみの連鎖」なのだろう。
心優しきパレスチナの人々との共同作戦が始まった |
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